@grok ~教えてという文章、覚えはありますでしょうか?
近年青い鳥のリプ欄によくいる奴です。
まずもってTwitterにいる奴は7割オタクだと思ってこの話を進めます。私の生存しているオタク君Twitterとはかけ離れた謎のTwitterユニバースが存在しているらしいことは無論存じておりますが今回はこちらの次元の話をしますのであまり気にしないでください。
何故彼らはソースのよくわからんAIに聞くのでしょうか。AIなだけで嫌っているのではありません、普通に情報源のわからない情報を信じる意味が分からないのです。
しかしよくよく考えれば当たり前かもしれません。インターネットは昔ほど悪意に満ちてはいないのです。
インターネットの人口が増え、SNSが一般化すれば悪いことを考えるものも入ればそれを看破するものも当然現れます。
人は善の生き物であると信じている身からすれば概ね正しい方向に物事が進んでいると思う部分はあります。
我々はオタクとして生きてきましたが我々の土俵はいつも戦場でありました。
知識のないものは土俵に立てず、間違った知識を持ったものは処刑されるのが我々の属するサブカルチャーです。
そもそも一般カルチャーからドロップアウトした者たちにまともなモラルを期待するのが間違いではあるのです。道徳の授業からドロップアウトしているんですから。
しかしまあその殺伐とした雰囲気が心地よくもありサブカルチャーをサブカルチャーたらしめるものではあったように思いますが。
兎にも角にも知識を溜め込めば戦いを有利に進められる。レスバに勝てる。ということであったわけです。レスバトルというのは一種の情報交換と情報のすり合わせです。
今でいうレスバトルはどっちかというと論破のし合いです。
今回は当然前者の話をします。
レスバ中に他人にものを伺うなんてもっての外です。レスバ中に辞書を引くなんてもっての外です。
推し活と呼ばれるものにはグッズの収集がありますが、オタクカルチャーに於ける収集の原初はやはり知識欲なのではないでしょうか。
何故ヲタクが戦いに執着するのかといえば我々はのけものだからです。
ヲタクという呼び方はマクロスに影響された奴らを中森明夫がコラムに取り上げたところからきているのは有名な話ではあります。宅八郎がそれを良いイメージではない伝え方で一般化したことも。
しかしまあ蔑称でもよいと思うのです。蔑称だから我々は最低限得意な部分だけは他人に負けないようにしようと知識を溜め込む気概を得ていたわけですし、その様が楽しそうにも見えたのです。
僕らの世代(漏れは23歳)のオタクは迫害されながらも面白おかしく生きている、自分も周りの大人も知らないことをなんか知っているおじさん達を見ていて自分もそれになりたいから色んなことを調べたし、いろんなことを忘れないように書を集めたし、いろんな経験を得ようとしたわけです。
心意気の話などしましたが結局はオタクというものの陣容が変化しているのでしょう。
サブカルチャーはもはやサブカルチャーではなくほとんどメインカルチャーになっている。少なくとも今自身をオタクだと自称している彼ら彼女らはサブカルチャーであるとは思っていないでしょう。
オタク文化のメインカルチャー化がもたらしたものは、かつて戦うために知識を探し求めた者たちを路頭に迷わせるものであるように感じます。
先達のようなオタクになろうとした我々はここ5,6年で【オタク】ではなくなり別のよくわかんないけどコミュニケーション能力が弱く共感性に乏しくきもいやつになったのです。よわきもです。
名称こそありませんがこれはこれでよいと思うのです。
かつての僕はオタクという概念にあこがれたわけではなく、彼らの特異な知識と経験、それを極めんとする心意気に憧れたのですから。
しかしまあ同じ名を冠する概念であるというならば少しくらいは自分で頭を使ってみてもよいと思うのです。脳死でAIに聞くよりはいくらか御自身の為になるのではないでしょうか。
SNSで他人の知識や考えを借りるのは良いですが、知識や考えはあくまでその人のものであなたのものではありません。
あなたの考えでオタクになってください。
再见
コメント欄