サブカルキモヲタ探訪6 僕と共に大いなる大地を駆け抜けたコンテンツよ、大地に還る僕を忘れて健やかに

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こんにちは、お久しぶりです。たまヲです。


突然ですがぼくはシャイニーカラーズのオタクでした。
本当に最古参と言って良いものだったと思います。
古参アピとかじゃなくて本当に好きだったんです。
今は嫌いかと言われたら別に嫌いじゃ無いです。 なんなら好きですよ、一度愛した女です。嫌いなわけないでしょ、smikaで一番好きな曲はloversです。
そういうことですよ。

シャニマス辞めた理由は高山くんの童貞ちんぽがなんか真っ直ぐになったからです。

シャイニーカラーズはおわったコンテンツでした。
盛り上がっているとか売上が高いとか低いとかそう言う話では無くて。
関係を持つ事ではなく関係を持たない事に良さを感じるコンテンツだったのです。

服は着れば着るほど良いとされていたしスモッグは着ているところではなく着た事実を観測するコンテンツだったのです。
もっとわかりやすく言えば俺とセックスしてない方がエロいに決まってんだろ馬鹿タレという話です。
オタクコンテンツは基本的に童貞根性丸出しコンテンツなのでちんぽ突っ込めそうな

流石に話が下品すぎるし普通に悪口の可能性があるのでやめます。

アイドルコンテンツは当時ラブライブという強大なパワーを持ったコンテンツ。
しかしそれを1番好きにはなれなかった残念なオタクをその度量のデカさで一手に引き受けたアイドルマスターというコンテンツ。
この2つに二分された関ヶ原にありました。

しかしオタク文化の光の側面にあたることが出来なかったアイドルマスターというコンテンツにもあぶれたものたちがいました。

765に関係があるわけでもない、シンデレラガールズのような巨大な市場を持つわけでも多種多様なニーズに応える度量も持たないシャイニーカラーズには旗持ちが必要だったのです。

それらの弱者を一手にまとめ上げ喧嘩の絶えないオタク界隈で殆どの問題を高山謝罪しろの一言で済ませた傑物童貞。

それが高山です。

高山ははぐれもののはぐれものをまとめ上げ今の地位まで押し上げたジャンヌダルクなのです。 当時の高山であれば処刑されればそれに殉じるオタクは数多くいたことでしょう。
統括プロデューサーと我々プロデューサーは同じ方向を向き同じ夢を共に走っていたのです。

この右曲がりジャンヌダルクはある時から変わってしまいました。
変わったのはもしかしたら我々の方かもしれませんので漏れの妄言かもしれません。
その上でお話しします。
彼のチンポはある時から直立しました。
曲がっていません。
セックスを迫られればそれに応じる。
これは有り得ないことです。異常事態です。
これまでの高山には妙なところでブレーキを踏み込むきらいがありました。
迫られればそれを本気で断る清廉さを持ち合わせていたのです。

失ったものを数えるな!という元七武海の魚の名言がありますが、シャイニーカラーズは失ったものを数えることでその大切さを感じることのできるコンテンツでした。
無論今それが全く出来ないと言うわけではないでしょう。
しかしやはりあるものを数えているコンテンツにはなっているように思います。

女に対してクラウドみたいな反応してたやつが唐突に冴羽了みたいなこと言ってきたら怖いでしょ。

しかしまぁシャニが今結構売れているのは事実でそれに対してどうこう言うつもりはありません。 しかしライブの客を見ても陣容が変化している事に間違いはないでしょう。
漏れはこのような現象を〝対象から外れた〟と言う考え方で生きています。
ソシャゲとかで古い携帯使ってるとたまにサービスから外れることあるじゃないですか。
そのくらいに捉えて生きていく事にしました。

決してきらいにはなれません。でももうあの頃のように同じ夢を追って荒野を走る事は出来ないのです。
老兵は去るのみです。同じ夢を見ることが出来る気がするコンテンツに移動してそれまでのオタクとしての人生の締めにするのです。
その様はイナゴの大群のように見えるかもしれませんが移動してくるイナゴもきっといます。
コンテンツは流動して客を増やしていくのです。

これまでいくつもの漏れと心中してくれたコンテンツがありました。
心中するのは気持ちが良く、オタクとしての生を全うしたと感じることが出来ます。
しかし共に死んで欲しいと思うのは我々のエゴでもあるのです。
かつて愛した女達は別の人間に愛される事になっても生きているのです。
死ぬより悲しいことをないでしょう。
我らを置いて強く生きていく彼女達を遠くから眺めるのもまた右曲がり謝罪メガネが教えてくれた楽しき生き方というもの也

さいごにひとつだけ   たかやまさんごめんなさいおこらないでくださいぼくはあなたのてきではありません

再见

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